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山好きが高じて、山を仕事にしています。
障害者も健常者も、心に悩みを抱える人も、そして子どもたちも、みんなで山を楽しみたいと思い、NPO法人「山仲間アルプ」を2003年4月に設立し、1年中、山を楽しんでいます。
一緒に山を楽しんでいただける方は、メールで連絡をお願いします。
プロフィール画像ですが、実は私は金峰山に住みつく鷹匠でした。>ウソウソ(^^ゞ
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Posted by naturum at

2008年07月31日

明日から蝶ヶ岳

 明日から蝶ヶ岳に行きます。今までに何度登ったことでしょうか? 5回ほど登っているので、今回が6回目でしょうか?

 今回も、小学4年生の男の子、5年生の女の子、高校3年生(養護学校)の3人と一緒です。

 ある子のお母さんから、「毎回とても良い経験をさせていただいており、本当にありがとうございます」というメッセージをいただきました。
 私は当然のことをしているだけなのですが、無償で協力してくださる多くのスタッフのみなさまのおかげです。

 子どもたちにとって、いろんな山に登り、小屋に泊まったり、目の見えない人と山を歩いたり、いろんな植物を見たり、全てが新鮮な経験です。私たちの役割は、とにかく、子どもたちの安全を確保することです。

 それさえできれば、子どもたちが、自らの感性でいろんなことを感じていきます。レイチェルカーソンさんは、「知ることは感じることの半分も重要ではない」とおっしゃいました。私たち大人の役割は、自分の知識を教え込もうとするのではなくて、子どもたちを信じ、自ら学ぼうとする気持ちをサポートすることだと思っています。

 明日からの蝶ヶ岳、子どもたちはどんなことを感じてくれるでしょうか? 梓川の流れ、槍穂高の展望、満天の星空、御来光、ホシガラスやもしかしたら出会えるかも知れないライチョウ、多くの高山植物、そして一緒に登る人とのふれあい、きっと何かを感じてくれるはずです。

 今回は、天気も味方してくれそうなので、思う存分、子どもたちに楽しんできてもらいます。  


Posted by アルプ at 20:10Comments(0)登山

2008年07月29日

ヒカリゴケ




 子どもたちとのキャンプが終わってから、すぐに早池峰山に行ってきました。キャンプでは、自転車で炎天下を走ったため、熱中症気味でしたが、帰って少し仕事をしてから、夜行バスで早池峰山に行きました。

 土曜日は、隣の薬師岳に登ったのですが、ここで見たヒカリゴケが何とも印象的でした。こんなきれいなヒカリゴケを見たのは、初めてでした。翌日、出会ったハヤチネウスユキソウ以上に印象的でした。

 ただ、早池峰山は、やはり花の百名山です。ハヤチネウスユキソウの他にも、ミネウスユキソウ、タカネナデシコ、ホソバツメクサ、ミヤマオダマキ、イブキジャコウソウなどなど、百花繚乱でした。

 天気にも恵まれ、今年のメインディッシュを楽しめた感じです。山仲間アルプのサイトには、他にも多くの花の写真を掲載していますので、よろしければご覧ください。  


Posted by アルプ at 13:33Comments(0)登山

2008年07月23日

明日からキャンプ

 明日、明後日と、学童の子どもたちとキャンプです。

 どんなキャンプになることやら、30人近くの子どもたちが参加するので、にぎやかすぎて心配です。
 でも、1年ぶりに会う子どもたちが成長している様子を見るのも楽しみです。

 場所が近場なので、わりと気軽ですが、注意して行ってきたいですね。

 キャンプといえば、テント(今回はバンガローのはず)ですが、ナチュラムでは、10%ポイント還元セールを行っています。下のテントは、山にも使えそうなテントです。

Coleman(コールマン) BCライトドーム270III
Coleman(コールマン) BCライトドーム270III

山でも使えそうなテントです  


Posted by アルプ at 15:13Comments(0)キャンプ用品

2008年07月21日

早池峰山

 今週末は、東北の名山、早池峰山に行ってきます。

 この山は、花の百名山に選ばれていますが、百名山の中でも、5本の指に入る山ではないでしょうか?

 何と言っても、ヨーロッパアルプスのエーデルワイスに最も似ていると言われるハヤチネウスユキソウがお目当てです。上の写真のミヤマシオガマなども咲いていると思います。
 とにかく、百花繚乱の御花畑を楽しんできます。

 来月は、奥多摩でキャンプもあるのですが、まだ独身時代、山でテント生活をしていると、ランタンに憧れたものでした。
 夜のしじまに、ランタンの明かりを見ながら、仲間と語り合うなんて、絵になっていますよね。ただ、最近はテント泊まりをほとんどしないし、高い山に持って行くには、荷物になって持ちきれません。

 キャンプだけを楽しむ方には、お勧めです。下のランタンは、ナチュラムでお勧め商品になっていました。

Coleman(コールマン) ワンマントルランタン
Coleman(コールマン) ワンマントルランタン
  


Posted by アルプ at 21:51Comments(2)登山

2008年07月19日

夏が来た

 関東地方が梅雨明けしました。いよいよ夏本番ですね。

 みなさんは、夏にどんな思い出をお持ちですか?

 ふと、自分自身の夏を振り返ってみました。

 学生の頃は夏休みですね。

 小学生の頃は、朝、ラジオ体操の後、一応宿題をやって、午後は、裏山にセミを掴まえに行ったり、海に泳ぎに行ったりしていました。毎日、その地区の保護者が、見張り役で砂浜に出て、子どもたちは泳いでいました。ただ、自分自身も溺れそうになったことがあるし、溺れて亡くなってしまった生徒もいました。

 海から上がって、風呂に入り着替えると、今度は、家の前の道路で、オニヤンマを掴まえます。田舎の漁師町のため、道路は、両側に家がある一本道です。私たちの田舎では、オニヤンマのことをヒキリゴと言っていました。ヒキリゴは道路に沿って飛ぶ性質がありました。だから、いろんなところで、子どもたちが網を持って掴まえようとしていますが、逃がしてしまうと、次のグループに「ヒキリゴ~」と言って、そちらに向かっていったことを教えてあげます。

 そんなことをして、遊んでいました。我が家のおばあさんは、昔の言葉で言うと、やや脳軟化気味で、ぼんやりしているのですが、ヒキリゴを手で掴まえたりするのです。子ども心に驚いたものでした。

 それに飽きる頃、太陽が日本海に沈みはじめます。私たちは、海に行って、テトラポットの上を走り回って遊んだりするのですが、入道雲がゴジラやキングギドラ、キングコングなどの形に見えて、雲が作り出す怪獣映画を空想します。そのころになると、「いつまで遊んでいるんだ~」と、親がしかりにやってきます。

 小学生の頃は、こんなことの繰り返しだったなと思います。

 中学生になると、部活動に明け暮れることになります。いじめっ子が同じバスケット部にいたので、本音は部活動に行きたくなかったのですが、行かなければもっといじめられますから、行かないわけに行きません。

 それでも、バスケットをやったおかげで、長距離走が強くなりました。3年生の時には、同じクラスで3位になったこともありました。

 高校生になると、私は夏に弱く、いつも微熱が出て、家でゴロゴロしていました。たぶん、気力の無さが微熱になって現れていたのだと思います。

 会社に就職しても、高校時代とあまり大きく変わりませんでした。目立たない存在で、会社の寮などのバスで行くスケート大会などでも、「あれ、お前いたのか」と言われるくらいの存在でした。

 何不自由なく生きてきて、苦労を知らない人間だから、何もできないんだと思い、会社を辞めて、裸一貫で社会に再度飛び出そうと思いましたが、それができず、その代わりに始めたのが登山でした。

 会社の中に登山をする人は非常に少なかったのですが、だからこそやろうと思ったのです。そして、装備を揃え、同期の仲間と山を歩き始め、すぐに単独行も始め、さらに会社の山岳部に入りました。その後、社会人山岳会に入って、本格的な岩登りや冬山へと進んでいくのですが、山を始めて1年くらい経った頃から、私は変わり始めました。

 おとなしくて、全く目立たなかった存在が、バス旅行になると、先頭に立って歌い、周囲の人たちにも歌を勧めてみんなで歌うようになりました。幹事さんが何をしようか困っていても、全部こちらで進めていくので、いつも幹事さんから、お礼を言われていました。

 そんな風に変わった私は、23歳の時に、その寮としては最年少の寮長になってしまったのです。ただ、1年も経たないうちに名古屋に転勤になりました。そして、名古屋での徹底的に山に打ち込む生活が始まったのです。

 そんな若い頃の生き方でしたが、中学生後半から、何もなかったように思う高校生の時に、聞いていた歌は、吉田拓郎や岡林信康、井上陽水、小椋桂、かぐや姫、佐渡山豊などなどのフォークソングでした。そのころには、自分でも作詞作曲のまねごともしました。一見、何もしていなかったように見える高校生活ですが、最も多感な年代だったのかも知れません。

 夏休み、マークⅡ、人間なんて、こうき心、恋の歌、祭りのあと、イメージの詩など、いつまでも忘れることのできない歌です。

  


Posted by アルプ at 16:09Comments(0)雑記

2008年07月18日

剣岳 点の記

 ある方から「剣岳 点の記」を貸していただき、久しぶりに山の本を読んでみました。

 小説ですが、ほとんど事実に基づいて作ったもののようです。若い頃にも読みましたが、まだ剣岳にそれほど登った経験のない時でしたので、今、あらためて読んでみると、周囲の地形などが、とてもリアルに頭の中に描けます。

 また、小説ですから、そこにある人間模様もおもしろいですね。来年、映画化されるそうです。

 新田次郎の山の三部作というと、「孤高の人」、「銀嶺の人」、「栄光の岩壁」ですが、もう古くて、書店では売っていないかも知れませんね。中古なら、Amazonでも購入できます。

 来年の映画を楽しみに待ちたいと思います。

  


Posted by アルプ at 18:49Comments(0)書籍紹介

2008年07月17日

優越感

 昨日、優越感と劣等感に関することを書きましたが、優越感の受け止め方について書いていなかったので、少し書いてみたいと思います。

 1ヶ月ほど前、ある方から、子どもの運動会の際、競争で差が付くと、子どもに良い影響を与えないから、みんなで仲良くゴールするべきだという主張をする母親がいたという話を聞きました。

 そのことを話してくださった方は、そんなことをしたら、オリンピック選手も育たないし、勉強が苦手だけど運動が得意だという子どもは、自分の存在価値を示せる場がなくなってしまうと言っていました。

 まさに、その通りですね。差を付けることが悪いことなら、勉強などするべきではないですね。勉強で差を付けることはよいけど、運動はダメというのは、あまりにも身勝手です。

 さて、優越感を持つことは良いことでしょうか?良くないことでしょうか? 答えは、良くもなり、悪くもなるというところですね。

 人よりもすぐれているところに、自らの個性を見つけ、それを高めたいと思うことは、自然な気持ちの表れですし、そのまま純粋に伸ばしていけば、きっと社会の役にたつ良い方向に行くでしょう。ですが、優越感によって、自己主張するあまり、人を傷つけたりする可能性も非常に高くなります。そのようなところをどのように捉えたらよいのか、大人は、子どもたちと共に考える必要があると思います。

 どんな考えやどんなものにも、プラス面とマイナス面があります。どちらか一方しか見えていない時は、たぶん、自分の目が曇っている時だと思います。プラス面もマイナス面も無数にあるはずですから、これで自分は分かったと思わずに、常に謙虚に学ぼうとする姿勢が大切なんだと思います。

 そんな意味から、優越感を持った時は、それをどのように受け止めるか、バランス感覚を養う絶好の機会ではないでしょうか?

 差があることによって、そこから無限とも言える多くのことを学べるのだと思います。差があるからこそ、私は、地球上にたった一人しかいない個性を持った人間なんですね。

 自然の神様は、そんなことも私たちに教えてくれているのではないでしょうか?  


Posted by アルプ at 18:42Comments(0)心の話し

2008年07月16日

ポジティブとネガティブ

 以前書いたことがあるかも知れませんが、劣等感や優越感の話です。

 もう10年以上前のことですが、山に登った帰りの電車の中で、ある視覚障害をもつ中学生と話をしていたことがあります。

 私は彼に、「なぜ、人には高い低いや、大きい小さい、頭が良い悪いなどの差があると思う?」と聞いたことがあります。中学生は、分からないと答えました。私は、「人と差があることで、優越感を持ったり、劣等感を持ったりするだろう? そういう気持ちを持つことが大切なことだから、自然は差を付けているんだよ。だって、劣等感を持ったことのない人は、劣等感に苦しむ人の気持ちが分からないだろう。優越感だって、同じさ。」と言いました。彼は、「あー、そうか」と納得していました。

 わが子が劣等感で苦しんでいる時、親御さんは子どもにどんな声かけをしますか?

 私が思うところでは、子どものことを考えて、優しく「そんなに気にしなくて良いよ。あなたには、こんな良い長所があるのだから、自信を持ちなさい」と言うことが多いのではないかと思うのです。(私の単なる思い過ごしかも知れませんが?)

 このように言われた子どもは、親の言葉に勇気づけられて、「そうだ。自分は自信を持って良いのだ」と思うことでしょう。これで、うまくいくケースも相当多いのではないかと思います。しかし、このことで、逆に傷つく子どももいそうだと私には思えるのです。

 親に言われて、「自分は自信を持って良いのだ」とその時は思っても、またしばらくすると、友だちから指摘された言葉が頭に浮かび、劣等感が気持ちを支配するようになります。そして、沈んでいると、親から「あれ、また考えているの。あなたにはすばらしい長所があるのだから、それを考えて、元気を出して」と励まされます。子どもは、笑顔を作って、親の期待に応えます。

 しかし、劣等感を持ってしまった子どもは、そのことを忘れられない自分をダメな人間なんだなと感じ始めます。なぜなら、親は、「気にしなくても良い」という言い方しかしていないため、「劣等感=悪い考え方」だから、忘れなければならないのだと感じてしまうのです。だけど、親の言うような強い子になれなくて、「悪い考え方しかできないダメな自分がいるんだ」ということを気にして、落ち込み続けてしまうのです。

 親の言葉をもう一度、振り返ってみましょう。
 「そんなに気にしなくて良いよ。あなたには、こんな良い長所があるのだから、自信を持ちなさい」
 この言葉は、一見すると、ポジティブな前向き意見に思えます。しかし、「劣等感」に対しては、ネガティブな評価しかしていないのです。「気にしなくても良い」ということは、「劣等感は捨てなさい」と言っていることと同じです。子どもは、劣等感を捨てられない自分をネガティブに感じてしまうのではないでしょうか?

 それよりも、私は実際にそうだと思うのですが、劣等感を持つことは大切なことだし、人の心の痛みを分かるようになる大切な第一歩だと思います。だから、劣等感を持った子どもには、「すばらしい体験をしているね。今の気持ちを忘れずに持っているんだよ。その気持ちを持つことによって、他にも苦しんでいる人の気持ちが分かるようになるんだよ。成長のためのすばらしい第一歩を歩き始めたんだ。今日はお祝いしようか?」というようなことを言うと思うし、自分自身、心からそうだと思うのです。

 以前、脳性麻痺の方の食事介助をしていたことがあるのですが、その方が「今年は辛い1年だった」と言うので、「何かあったのですか?」と聞いたら、しばらくしてから言うことに決めたようで、「アルプさんに言うのが3人目だ」と言って、失恋した話をしてくれたのです。それを聞いて、私は「そうですか。辛いことかも知れないけど、すばらしい体験をできて良かったですね。人を恋し、そして失恋をするという体験は、どんなにお金があったってできないことです。その経験をしないまま、一生を過ぎるよりも、そんな経験をして苦しんだ方が、その後の人生は必ず豊かになるはずですよ。」というようなことを言いました。

 これらは、ほんの一例ですが、ポジティブのつもりで言ったことが、子ども(大人でも同じです)には、ネガティブに受け取られて、気持ちが通じ合えないまま、時を過ごすことは意外に多いのではないでしょうか?
 何気なく、当たり前に考えていることの中に、落とし穴があることって、意外に多いのではないかなと感じますが、みなさんはどう思いますか?
  


Posted by アルプ at 16:15Comments(0)心の話し

2008年07月14日

富士山五合目

 昨日は、富士山の馬返しから五合目まで歩いてきました。

 この企画は、標高2000mを越えると、高山病になってしまう方から提案があり、実施したものです。

 吉田中学校の生徒800人が、ほぼ一緒に登っていました。とにかくにぎやかで、文句を言う子もいましたが、みんな元気いっぱいでした。

 子どもたちは、3年生が先頭で、次が2年生、最後が1年生でした。最初、私たちは3年生と一緒に歩いていたのですが、次第に抜かれて、三合目くらいで1年生からも抜かれました。子どもたちがいなくなると、さすがに静かでした。

 河口湖や富士山中は、空気がひんやりしていて、さわやかでした。キビタキやオオルリ、キクイタダキなどの歌声が良く聞こえました。

 上の写真は、五合目を佐藤小屋からバス停に向けて歩いているところです。

MIZUNO SHOP ミズノ公式オンラインショップ  


Posted by アルプ at 21:50Comments(0)登山

2008年07月12日

今日は暑かった

 今日は暑かったですね。夕方には、激しい夕立がありました。

 部屋にじっとしていれば、まだ耐えられる暑さでしたから、エアコンを使わず、エコ生活でした。

 明日も同じような天気になりそうです。明日は、富士山の馬返しから五合目まで登ってきます。

 昔、名古屋にいた頃に、浅間神社から山頂まで登ったことがあります。このときは、夜、延々と真っ直ぐな舗装道路を歩いて、馬返しに着いた頃、睡魔に襲われたため、テントを張って寝ました。翌日は、山頂まで行って、五合目に下りてテント泊、翌日雪上訓練をして、名古屋まで帰った思い出があります。11月下旬でした。

 富士山は、五合目以上の植生はあまり豊かではないようですが、五合目から下は、かなり豊かなはずです。どんな花に出会えるか楽しみに行ってきます。  


Posted by アルプ at 19:33Comments(0)雑記

2008年07月09日

ボランティアは誰のため?

 笑顔やありがとうと言うことは誰のため?というようなことを書きましたが、相手のためでもあり、自分のためでもありますね。一番大きな理由は自分のためなんだと思います。

 それからボランティアは、誰のために行うのでしょうか?
 社会のためでもあり、人のためでもありますが、ボランティアは嫌いだという人は、そんな理由の中に、偽善者的な面を見るから嫌いになるのだと思います。

 ボランティアをする一番大きな理由は、これもまた自分のためだと思います。ボランティアをすることによって、非常に多くのことを学べます。学ぶことによって、人は成長します。成長させてもらっていると感じるところに、感謝の気持ちが湧き上がります。感謝の気持ちを持てば、自然に思いやりの気持ちも湧き上がります。そんな気持ちになった時、人は幸せを感じます。

 自分が人に何かをしてあげられることなんて、たかが知れています。極めて小さなことしかできません。でも、それをすることで、学べることは無限にあります。大切なのは、学ぼうとする気持ちがあるかないかですね。

 学ぼうとする気持ちがあるということは、きっとそれが若さなんだと思います。年齢は関係なく、そういう気持ちのある人が若い人なのではないでしょうか? 自分は、人のためにやってあげているんだと思う人は、ちょっと年を取っているのかも知れません。そんな気持ちもゼロにはできませんが、学ぶ気持ちを大切にして、若さを維持したいですね。  


Posted by アルプ at 14:35Comments(0)雑記

2008年07月04日

誰のための笑顔?

 学生さんたちの感想から、私自身、いろんなことを教えられ、参考になりました。

 若者たちがなぜ興味を持ってくれたのか、それはたぶん、若者たちは答えを求めているからなんだなと感じました。

 昔、井上陽水さんの歌で、タイトルは忘れましたが、「答えが出ずに 生きていることは ため息だけの生活 本音を隠し 建前飾り 笑いは逃げの切り札」という歌詞がありました。この歌を聞いた時、まさに自分のことを歌われているんだなと思ったのです。この歌を聞いた頃は、高校生になった頃だと思いますが、分からないまま生きて、笑ってごまかす自分に、失望感を持っていたように思います。

 真剣に人生を生きようとする若者ほど、生きることの意味ややさしさとは何かなど、答えのないことを考え悩むように思います。

 ところが、大人はなかなか答えを示してくれない。私自身、高校生の頃よりも年輪を重ねて、いろんな人たちと接してきましたが、答えを見つけずに生きている人や、本音を隠して建前を飾っている人は、大勢いるように思います。それは、当然、私自身にも当てはまります。ただ、私の頭は普通の人より幾分軽いためか、建前を飾ることが苦手で、すぐに本音を出してしまうようなのです。気をつけなければいけないです。(^_^;)

 ただ、若者たちの中には、答えのないことの答えを求めている人たちがまだまだいるのだと思います。それが若さですし、その気持ちをいつまでも持ち続けて欲しいなと思います。人間関係を円滑に進めるには、どうしても本音を隠して建前を作ろう必要がありますし、それが処世術なんだと思います。それはそれで必要ですが、本質を求める気持ちをいつまでも忘れないでいて欲しいのです。

 最後に質問です。

 人と接する時、笑顔が大切だと良く言われます。私も大切だと思います。さて、この笑顔は、誰のために必要なのですか?

 人から何かをもらったり、何かをしてもらった時に、それがどんなに小さなことであっても「ありがとう」ということは、大切なことだと思います。この「ありがとう」は、誰のために言うのですか?  


Posted by アルプ at 18:25Comments(0)心の話し

2008年07月02日

子どもが正しいことも多い

 先日、大学で話をさせていただいたのですが、その時の学生さんの感想をある方に読んでいただいたところ、「共感した」とか「新鮮だった」という内容が多かったからだと思いますが、何を話したらこういう感想が引き出せるのかと驚いていました。

 私が話したのは、「障害者の心理」、「ボランティアの心理」、「障害とは何か」、「感謝の心とは何か」、「思いやりの心とは何か」、「相手の気持ちになって考えるとは何か」、「自然から何を学べるか」、「現代社会に生きる子どもたちが抱えるいじめや引きこもり、不登校、犯罪などに共通する原因は何か」などなのですが、これらの話のほとんどは、どんな教科書にもなくて、実際の体験と、それをもとに考え続けた結果なので、学生さんには新鮮に感じられたようです。

 私はいつまでも歳を取らない頭の構造なのかも知れませんが、建前を飾ったり、鎧を着たりすることが苦手で、いつも思ったことをずばずば言っている人間です。また、単なる呑ん兵の大ばか三太郎ですから、他の人も遠慮なく、私には何でもずばずば言ってくれていたのだと思います。そんなことから、いろんな人の本音に接してきたことが、私の特性かも知れませんね。

 一つの親子の例ですが、お母さんが子どもが喜ぶと思って美味しい料理を作っていました。子どもはそれを淡々と食べて、自分の部屋に戻ろうとします。お母さんは、自分が丹誠込めて作った料理を美味しいとも何とも言わずに部屋に戻る子どもを掴まえて、「あなた、今日の料理は美味しかったの?」と聞きます。子どもは「あー」とだけ言って部屋に行こうとします。お母さんは、「何なのその言い方は、全然美味しそうじゃないじゃないの。あなたは感謝の気持ちが足りないのね」と、むっとします。子どもは、「無理矢理感謝しろなんて、押しつけるのはおかしいじゃないか」と反論します。お母さんは、「感謝の気持ちは、自然と湧き上がってくるものなの。あなたは感謝の気持ちがないから、私が言うまで何も言わなかったじゃないの」とだんだん怒りが込み上げてきます。子どもも、怒られてしまったので、感情的になり、「感謝しろなんて押しつけるテメーが間違っているんだよ。クソババ」という喧嘩状態になって、子どもは自分の部屋に閉じこもってしまいました。

 さて、みなさんなら、子どもと母親とどちらが正しいと思いますか。

 な~んて、正しいか間違いかなんて誰にも分からないし、決められないですね。心情的には、お母さんの気持ちはとても良く分かります。でも、この場合、「感謝の気持ちは何か」という問の答に近いのは、子どもの方ではないでしょうか?

 感謝して欲しいというお母さんの気持ちはとても良く分かるのですが、感謝というものは決して要求して引き出すようなものではありません。ですから、要求されたら、その瞬間に感謝の気持ちは薄っぺらになってしまうのです。
 お母さんが、「今日の料理はおいしかったかい?」と聞いた時、子どもが「あー」と言っただけでも、お母さんが「そうかい、ありがとう」と言ったら、子どもは自分の部屋に帰って、「今日はお母さんは、一生懸命料理を作ってくれたのかな? 毎日献立を考えて作るなんて、大変だな」と思い、心の中で「ありがとう」と言っていたかも知れません。

 感謝の気持ちというのは、表に出すかどうかの問題ではなく、心の中に「うれしいな、ありがたいな」という気持ちが湧き上がることなのです。そういう気持ちに心が満たされれば、自然に「ありがとう」という言葉も出てくるようになります。若い時は、照れもありますから、「ありがとう」という言葉はそう簡単には出しません。(特に男は)親は、そのことを理解してあげる必要があるのですね。
 上の例のように、子どもが「あー」という素っ気ない言い方でも、親の側が「ありがとう」と返してあげると、子どもの心の中には、きっと大きな感謝の気持ちが湧き上がるはずです。
 感謝の気持ちが湧き上がると、自然に親のことを思いやる気持ちも湧き上がるのです。感謝の気持ちと思いやりの気持ちは、決して別のものではなくて、同じ一つの気持ちなのです。それを別の方向から見ているだけなのです。

 何かを相手にしてあげる、その時、じつは相手からはしてあげたことと同じか、それ以上のものを同時にもらっているのです。相手から学ぼうという気持ちがあれば、してあげた時の相手の反応や相手の生き方などから、学べることは無数にあるのです。そのことに気づき、学ばせてもらっていることが分かれば、自然に感謝の気持ちが湧いてきます。相手への思いやりの気持ちと同時に、相手から学ばせてもらえる感謝の気持ちが湧き上がってくるのです。

 学生さんたちには、事例は話さなかったのですが、そんなことを話してきました。

 写真も1枚、掲載しました。これは、今週の日曜日に行った入笠山で撮影したクリンソウです。スズランが満開で、クリンソウやレンゲツツジも楽しめました。雨でしたが、あんなにたくさんのスズランを見たのは初めてです。  


Posted by アルプ at 22:30Comments(0)心の話し