ピンピンコロリは罪作り
「ピンピンコロリ」という言葉をご存じですか?
元気な状態で、寝たきりなどにならず、死ぬときはころりと死にたいという願望を表した言葉です。率直な気持ちとして、多くの人がそんな気持ちを持っているものと思います。
でも、私はこの言葉に疑問を感じています。
寝たきりや認知症などにならず、死ぬときは早く安楽に死にたいと思うのは自由です。しかし、自分自身がどうなるかは、誰にも決められません。
「ピンピンコロリ」と死ねなかった人が、多くの人がピンピンコロリがよいと思っていることを知ったとき(すでに知っているのが現実ですね)、死ねなかった自分はよくない人間なんだと思わないでしょうか? よいの反対はよくないですからね。
また、「ピンピンコロリ」で死にたいと思っていたのに、死ねずに、寝たきりになり、人から介護をしてもらわなければ生きられなくなったとき、ショックを受けることになる可能性も高いですね。
私は、どんなに今、元気であっても、どんな状況になっても、それをそのまま受け入れたいと思っています。少なくても、そのまま受け入れる準備をしておきたいなと思います。もし、認知症になったら、大好きな歌をいつも歌っていたいですね。同じ歌の繰り返しでかまわないですね。認知症になっても、それを許してもらえたら、それだけできっと幸せだと感じると思います。
人は、知らず知らずのうちに、人を傷つける言葉を使っているように思います。あるがまま、そのままでいいんだよと、自分にも人にも思いたいですね。
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