国体の思い出
山岳競技で、過去2回、国体に出場しました。
1回目が、21歳の時の宮崎国体、2回目が、23歳の時の滋賀国体です。上の写真が、宮崎国体で、下の2枚の写真が滋賀国体です。
山を始めて、2年もたたずに国体に出場できるのですから、いかに山岳競技には、山屋が関心を持たないかが分かると思います。私も、会社の山岳部の先輩から予選に出るように言われて出たのでした。
宮崎国体は、予選3位で出たのですが、総合で何位になったかは、怪しくなってきたのですが、確か14位くらいだったのではないかと思います。
宮崎国体の頃は、オープン競技で、のびのびとやっていたように思います。縦走が終わって麓に下りてくると、地元の人たちが、おにぎりや果物などをたくさん準備しておいてくださり、とてもおいしくいただきました。
また、国体終了後には、椎葉村で歓迎会があり、体調はあまり良くなかったのですが、本当にうれしかった思い出があります。
滋賀国体は、すでに天皇杯皇后杯の種目になっていて、地元の方との交流などはありませんでした。
私たちも、ただ参加すれば良いではなく、メダル獲得を目指してがんばっていました。しかし、私が予選で1位になるくらいなので、宮崎よりメンバー的には弱かったようです。登攀競技は、17位でしたが、他が悪く、全体では34位だったようです。
それでも、下見での楽しい思い出(湖西線の駅で寝ていたとき、ホームレスの人が近づいてきたことなど)や、本番で最後の種目が終わってゴールに着いたときの晴れ晴れした気持ちは、本当に良い思い出です。
今回、久しぶりにこんなことを思い出させていただきました。
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